「戦略と戦術ってどちらも同じ意味で使っていたけれど、どういう意味なんだろう」
「ビジネス戦略っていうけれど、ビジネス戦術とはいわないな……どういう風に使い分けているんだろう」
この記事に辿り連れた方はこのようなお悩みをお持ちではないでしょうか。
今回は紀元前中国の孫氏の兵法を例として紹介しながらマーケターなら知っておきたい戦略と戦術について紹介します。また孫氏の兵法を引用した一例として、ロイヤルカスタマー戦略やサブスクリプションビジネスを成功させる為のヒントを紹介します。
この記事でわかること
- 戦略と戦術の起源
- 軍事的な戦略と戦術の違い
- マーケターとして意識したい戦略と戦術の違い
孫氏の兵法から学ぶ戦略の起源
まず戦略と戦術の辞書の定義を紹介しましょう。
せんりゃく【戦略】[strategy]
長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方略。戦略の具体的遂行である戦術とは区別される。
スーパー大辞林 第三版 三省堂 2008年
せんじゅつ【戦術】
スーパー大辞林 第三版 三省堂 2008年
1.個々の具体的な戦闘における戦闘力の使用法。普通、長期・後半の展望を持つ戦略の下位に属する。2.一定の目的を達成する為にとられる手段・方法。
辞書を引くと戦略>戦術というイメージの理解が得られます。
しかしそもそも戦略や戦術は一体なぜ必要なのでしょうか。その言葉の起源からその必要性について紐解いてみましょう。
まず戦略という言葉ですが古代中国の春秋時代(紀元前500年ごろ)に活躍した孫氏が兵法の中で用いた言葉が起源であるとされています。
(※画像はDALL-E3で自動生成した孫氏の自画像です)
戦略とは『戦いを略する』という意味です。戦いを略するとはどういう意味でしょう。
『敵を知り己を知れば百戦殆うからず』などに知られるように、孫子の兵法について現代では漠然と古代中国に書かれた戦争の必勝法ガイドブックとして考えられています。その為、孫氏も好戦的な人物であると思われている方が多いのではないでしょうか。
しかし孫氏は兵法の中で戦争は略する(=避ける)べきだと主張しています。それは戦争が起きると人が沢山死んで悲しい思いをする人が増えるからでしょうか。いいえ、違います。それは戦争の勝ち負けは国の存亡に直結する一大事だからだと述べています。
それは現代のビジネスにおいても同じことが当てはまります。もちろん現代は古代中国と違ってビジネスに失敗しても命までは奪われません。しかし会社の社運をかけた新規事業を立ち上げた後に、既存の競合からシェアを全く奪えなかったり、事業立ち上げ直後に大手企業が新規参入して来たりすると会社は倒産してしまうでしょう。
孫氏は兵法内で以下のようにも述べています。
『百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。 戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』
これは現代語に訳すると『全戦全勝はベストではない。戦わないで他人に降参させるのがベストである』という風になります。その為、孫氏は兵法の中で戦争が始まった後のことではなく、戦争が始まる前にできる敵国と自国との戦力差比較などの準備に多くのボリュームを割いて記載しています。
前述した孫氏の言葉についてビジネスの文脈に当てはめると下記のような実践が考えられます。
- 提携と協業: 競合他社との提携や協業を通じて、市場での競争を避ける戦略です。たとえば、技術やリソースを共有することで、双方の強みを生かし、市場での地位を強化します。
- ニッチ市場の開拓: 主要な競争が熾烈な市場を避け、ニッチな市場や未開拓のセグメントに焦点を当てることで、競争を避けます。この戦略では、特定の顧客層のニーズに特化し、その分野でのリーダーとなることを目指します。
- ブランドと価値提案の差別化: 製品やサービスの機能面だけでなく、ブランドの価値観や顧客体験を通じて、競合から差別化を図ります。顧客に独自の価値を提供することで、直接的な価格競争を避け、忠誠心の高い顧客基盤を築きます。
- 革新的なビジネスモデル: 既存の市場ルールに挑戦する新しいビジネスモデルを開発することで、競争を回避します。たとえば、サブスクリプションモデルやプラットフォームビジネスなど、従来の販売方法とは異なるアプローチを取ることで、市場に新たな価値を提供し、競合とは異なる戦場で勝利を収めます。
上記のビジネス戦略を実現できれば、競合からシェアを奪う為に過剰な広告予算を投じたり、自社の商品やサービスを大幅に値下げして売るなどの施策を避けることができます。すると自社は利益を最大化しながら事業継続できるので、競合は採算が合わなくなると勝手に撤退してくれるという運びになります。
一方で上記のようなビジネス戦略を実現するには具体的にどうすれば良いでしょうか。さすがに孫子の兵法にも自社のロイヤルカスタマーを育成する方法やサブスクビジネスで成功する極意については記載はありません。
しかし孫氏の兵法を現代の文脈に置き換えることでビジネスを成功させるヒントは得られるかもしれません。次の項目では日々のビジネスシーンで応用できる孫子の兵法の引用をご紹介します。
ロイヤルカスタマー戦略を実現する為の兵法
ここでは『ロイヤルカスタマー戦略』を実現する為にどのような戦術が考えられるか、孫子の兵法から引用を4つご紹介します。
(※画像はDALL-E3で自動生成した孫子の兵法を使ったロイヤルカスタマー戦略のイメージです)
ロイヤルカスタマー戦略とは、自社の製品やサービスを継続して購入利用してくれるだけではなく自社のブランドについても愛着を持うことで競合ではなく自社を選んでもらい続けようとする戦略です。ロイヤルとは『(友人・主義・国家などに)忠誠な、忠誠心が高い』という意味です。余談ですが自社に対してお客様に忠誠を誓わせるというのは『お客様は神様です』という日本では考えられないユニークな発想ですよね。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず
解説:「敵を知り、己を知る」の精神に倣い、顧客の深層の欲求と志向を探り、自社の真の価値と能力を自覚。競争者の動向をも洞察し、己の位置を確固たるものとせよ。
孫子の兵法の真髄でありますが、これはマーケティングの真髄でもあります。ユーザーがなぜ自社の製品やサービスを選んでくれるのか深層心理を知ることで自社のブランド価値を自覚することは非常に重要です。同時に競合の動きについても把握しましょう。
勝利は争いに非ず、勝つべき時に勝つのみ
解説:市場の争いに参じず、顧客の心を掴むことに専念せよ。期待を超越する価値を提供し、彼らの心を自らに繋ぎ止めよ。
事業を拡大しようとする時に、既存顧客を無視してしまうということはよくあることだと思われます。既存顧客の心を掴みながら適切なタイミングで事業拡大に舵を取ることが重要です。なぜならば企業にとっての勝利とは顧客の問題を解決することだからです。
形にとらわれず、無に従って変化する
解説:顧客の需要や市場の風潮がいかに変わろうとも、己の戦略を柔軟に変え、時に応じて適宜に対応せよ。顧客の声に耳を傾け、彼らの願いを叶えよ。
市場の変化に伴って消費者のニーズも変化し続けます。であればこそ企業も既存のビジネスモデルや製品などの形に縛られることなく、消費者のニーズを叶えることを追求すべきだということを説いています。
全体を以って戦い、部分を以って勝つ
解説:全社一丸となってロイヤルカスタマー戦略に取り組み、顧客一人ひとりに合わせた細やかな策を以って、彼らの心を掴め。
会社がロイヤルカスタマー戦略を掲げていても、サポートセンターの従業員の電話口での対応が横柄だと既存顧客も解約してしまうでしょう。いくら優れた戦略を掲げていても、それを実行する現場レベルまでその戦略を実現しようとする意識が伝わっていないと戦術が機能しないことを説いています。
サブスクリプションビジネスを成功させる為の兵法
サブスクリプションビジネスとは、月額が年額で定額料金を支払うことで一定期間、商品やサービスを利用できるビジネスモデルです。サブスクという呼称で皆さん、聞き馴染みがあるのではないでしょうか。
(※画像はDALL-E3で自動生成した孫子の兵法を使ってサブスクリプションビジネスを成功させるイメージです)
ここ数年、Netflixなどのサブスクビジネスが大幅に伸びています。ビジネス事業者としてのメリットは、顧客との契約が月や年単位で自動更新される為、持続的な収益が見込めます。また比較的定額でサブスク加入できるサービスの場合は、サブスク会員が伸び続けている限りは広告費などを増やし続けても終始が合う為に爆発的に事業拡大を進められることかもこのビジネスモデルが注目されています。
戦いは正を以って合い、奇を以って勝つ
解説:一般的なビジネス戦略に則りつつも、状況に応じて独自性や革新性を通じて競合に勝利せよ。
サブスクのサービスはその新奇性の高さからユーザーに興味関心を持たれやすいです。しかし基本的なサービスのUI(ユーザーインターフェース)や契約プランのわかりやすさを疎かにしてはいけないでしょう。
敵の計を乱すには、まずその統一を乱す
解説:競合の市場シェアを奪う為には、競合が持つ一体感を乱せ。
競合の事業成長を邪魔するには、会社の一体感や調和を見出すという意味です。統一という意味を拡大解釈すれば自社にはない競合の強みもあるはずです。競合のビジネスプランを確認して、自社も同じプランで対抗するなどすれば競合に動揺が走り、その統一感が乱れるかもしれません。
兵は詭道なり
解説:柔軟性と創造性を持って、予測不可能な戦略で顧客を魅了せよ。
特にサブスクリプションビジネスが成長し続ける為には、新規顧客を獲得し続けるとともに既存顧客のチャーンレート(=解約率)をいかに低くするかが大切です。サービスの内容や提供方法を柔軟に調整し、新しい価値を提供し続けることで、既存顧客の解約を食い止めましょう。
上兵は謀を伐つ
解説:既存顧客が解約する気ならば、その気を無くしてしまえ。
上述したようにサブスクリプションビジネスにとって、既存顧客の解約は問題です。そこでサブスクを解約しようとするユーザーに対しては、既存の契約プランよりもお得なプランや解約を思いとどまることで契約料金を無料にするなどのオファーを与えて解約する気を無くしてしまうなどの戦術が有効でしょう。
まとめ
孫子の兵法から戦いを略する戦略の重要性と、孫氏の具体的な引用からビジネス戦略を成功させる為の戦術を実行する為のヒントを紹介しました。
読者の皆さんも薄々感づかれているかと思いますが、どの引用も常にメッセージは一貫しています。
孫氏の兵法のコンセプトは下記の3点に集約されると思います。
- 最も効果的な勝利は戦わないこと
- 自分と敵の戦力差を常に見極めること
- もし戦う場合は環境や条件を最大限に活用して敵を欺いて勝つこと
一方で『生兵法は怪我のもと』ということわざもあります。ビジネスにおいても一見、戦略は完璧に見えてもそれを実現する戦術が伴わない為に事業が破綻してしまうということはよくあります。そもそも戦略自体に不備がある場合もあります。
そうならない為にもぜひ孫氏の兵法のコンセプトに立ち返ってビジネス戦略と戦術の立案をさせてみてはいかがでしょうか。