少子高齢化による労働力人口の減少、ワークライフバランスの浸透による労働時間の減少、中途採用の拡大による社員離脱リスクの増加など、企業にとって、労働力を集めることが困難な環境になりつつあります。DXなどITを使った効率化なども進められていますが、やはり人が活躍するフィールドがなくなることはありません。
当記事では、要員数は変わらなくとも、人の持つ能力を最大限発揮し、限られた労働力を効率的・有効に活用していく方法として脚光を浴びているタレントマネジメントについて紹介します。
タレントマネジメントという言葉はメジャーになっているものの、具体的に何をしていいかわからないといった声も聞きます。また、準備が整わないまま、まずはタレントマネジメントシステムを導入したものの、活用しきれていないといった実態もあります。
タレントマネジメントに関する疑問を払拭し、自社のタレントマネジメントをどう作っていくべきなのかについてご紹介します。
タレントマネジメントとは
まずは、タレントマネジメントの基本的概要についておさらいしていきます。
タレントマネジメントの概要
タレントマネジメントには様々な定義がありますが、どの定義においてもゴールは「従業員のパフォーマンスを高め、組織のパフォーマンスも高めていくこと」と捉えることができます。
そのために、従業員のスキル、能力といった情報を収集・管理・評価し、採用、配置、処遇、育成に活用することをタレントマネジメントと呼んでいます。
従来より、人材の能力を引き出す取り組みは行われてきました。日本では経済成長の低下に伴い、終身雇用・年功序列の日本的経営システムから大きく舵を切り、成果主義へとシフトしてきました。
しかし、成果主義は何を成果として評価するのかが難しい側面や、協力して取り組む日本企業の文化で誰の成果と紐づけるのかが難しい側面があり、十分に機能していているとは言い難くなっています。
このような中で労働力不足と相まって、単に結果としての成果のみを追いかけるのではなく、個人のスキルや能力にスポットライトを当てることで個人のゴール(到達点)を明確にし、モチベーションを高めながら、組織のパフォーマンスを高めていくタレントマネジメントが出てきたと考えられます。
タレントマネジメントの現状
実際に日本企業では、どういった形でタレントマネジメントに取り組んでいるのでしょうか?
一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査報告書 2021」によると、2016年度に企業のタレントマネジメントシステム導入率が6.6%だったものが、2020年度には11.2%まで伸びており、検討中企業まで含むと、およそ4割の企業がタレントマネジメントシステムについて導入もしくは何らかの検討を行っています。
確実にタレントマネジメントシステムが普及しつつある状況がわかります。ところが一方で、取り組みから数年経った企業に導入の成果があったかというと、芳しい回答が出てこない企業もあります。企業の中には、とりあえずマネジメントシステムを導入したものの、活用できているとは言い難いという声も出始めています。
なぜタレントマネジメントが機能していないのかについて、色んな調査結果がありますが、まとめると、以下の3点が大きな課題と考えられます。
- 人材データの収集業務を業務フローに落とし込めていない
- どんな人材データが必要なのかが整理されていない
- 現場や従業員にタレントマネジメントの考えが落とし込まれていない
人材データの収集業務を業務フローに落とし込めていない
これは、タレントマネジメントの運用設計が十分でないことが問題です。
タレントマネジメントには様々な人材データを集め、分析する必要があります。人材データをこれまでよりも多く集めることになりますので、上司等、入力する必要がある人には新たなデータ入力などの負荷がかかります。
そうならないため、既存の業務フローも含めて現場等に負担の少ない業務フローを設計することが重要です。
どんな人材データが必要なのかが整理されていない
企業が必要とする人材像が明確になっていない場合や、明確になっていてもその要件が明確になっていない場合があります。
いずれにしても、必要な人材像、またその要件が明確になっていないと、従業員もどういった人材になっていけばいいのかわからず、自己啓発が難しいですし、管理者も部下の育成が難しくなります。また、採用でもどういった人材を採るべきかが分からなくなります。
現場や従業員にタレントマネジメントの考えが落とし込まれていない
1つ目とも少し関連していますが、タレントマネジメントの取り組みが人事部のメンバーや経営層など、限られたメンバーで考えられており、その意味合いを現場が十分に理解していないことから起こります。
こういった事象は経営戦略や理念の浸透の際にも発生しうる問題です。本社側の温度感と現場が感じている課題等の温度感の違いです。
以上のように、見えてくる課題はタレントマネジメント自体が問題というよりは、タレントマネジメントをうまく機能させることができていない点が問題と言えそうです。
タレントマネジメントを成功させるために
タレントマネジメント構築のステップ
様々な課題を踏まえ、具体的にタレントマネジメントを構築していくために、どういったステップを踏むべきかについて整理します。
まずは、タレントマネジメントを導入する目的を明確にする必要があります。
この際に留意すべき点は、積極的な参加を求めていく層に対して、取り組みが全員の業務の効率化につながることや人材育成につながっていくことをきっちりと伝えることです。
ある企業では、本社部門肝入りで人材の早期抜擢を目的として掲げたものの、現場からは「結局優秀な人材を見つけ出して抜いて行かれるだけ」といった印象を与えてしまい、タレントマネジメントのコアである、人材データの収集への協力姿勢を引き出すのに失敗した例もあります。
しかし、組織の全員に浸透させることは不可能です。協力を求める組織のどの層まで抑えるべきか(この部は部長まで抑えれば現場の協力姿勢も引き出せる等)も考慮して、目的の設定に関わってもらう人選をすることが重要です。
また、全社的な取り組みであるため、経営トップに関わってもらうことも効果的です。その場合は経営目標も踏まえて目的を設定する必要があります。
自社の現在の業務や経営戦略の今後の方向性を踏まえ、必要となる人材がどういった能力を持っているのか、今後必要となる業務はどういった内容なのか、そのためにはどんな人材が必要なのかを整理していく必要があります。
つまり組織でそろえておくべき人材の目標を定めるステップです。どういった能力を持ったどういった人材がどこにどれぐらい必要なのかが明確にならないと、人材育成や採用の方向性が定まりません。
人材の要件定義には、3つのポイントがあります。1つは現在の既に取り組んでいる業務に必要なスキルや能力を明確にすること、次に今後取り組んでいくべき事業の方向性を踏まえ、必要なスキルや能力を明確にすることです。そして最後は現在の業務にも今後の業務にも関係する、リーダーとしての人材要件を整理することです。
ステップ2で定義された人材像を踏まえ、管理していく項目を設定していきます。項目は大きく以下のようなものがあります。
- 人事基本情報(本人の氏名や住所、学歴、保有資格、生年月日、雇用形態、職種、資格等級など)
- 評価関連情報(考課実績、表彰受賞歴、面談におけるやり取りなど)
- 業務関連情報(業務スキル(スキルチェックなどの結果等)、社内・社外研修受講履歴、経験業務など)
- ネガティブ情報(懲罰、トラブル、発生事故、クレームなど)
- 人材状況情報(企業エンゲージメント状況、従業員満足度調査、異動希望、キャリアイメージなど)
収集すべきデータが決定し、運用が回り始めると、一定期間ごとにレビューを行っていく必要があります。
採用や配置、人材育成にどのようなデータをどのように活用してきたのか。そしてそれらは効果的に機能したのか等です。更に収集すべきデータがあるのであれば、ステップ3に立ち戻り、収集のフローを設計します。
こういったPDCAを回しながら、タレントマネジメントを強化していく必要があります。
タレントマネジメントシステム検討のポイント
これまで見てきたようにタレントマネジメントシステムには多くの人材データを収集していく必要があります。収集にはかなりの負荷がかかりますが、タレントマネジメントを進めていくためには必要不可欠な作業になります。
こういった課題をクリアするために、様々な企業が様々なタレントマネジメントシステムを提供しています。一長一短がありますので、自社に適したものを探す必要があります。
特にシステムを選定するには、以下の3点に留意しましょう。
- 他システムとの連携が可能か
- 自社に必要な機能が搭載されているか
- セキュリティ・コスト・システム提供方式(クラウド、オンプレなど)
①他システムとの連携が可能か
既に人事システムを導入している企業や採用管理のシステムを導入している企業もあると思います。
また、勤怠管理などはほとんどの企業が使っていると思います。導入済みのシステムがある場合、基本的にそのシステムを使って情報を取り込むフローが確立されていますので、そういったシステムと連携ができれば、既存のフローを活用することができます。
なかには販売しているシステム会社の別のシステムとの連携はいいが、他社のものとは連携が難しいといったシステムもありますので注意が必要です。
②自社に必要な機能が搭載されているか
集める人材データ等が決まっており、分析の方向性なども決まっていれば、必要な機能も見えてきます。そういったほしい機能があるかどうかは必ずチェックしましょう。
また新たに収集するデータなどがあれば、そのインプットツールを作ることができるシステムもありますので、システム選定の材料となります。例えば目標管理において、進捗や評価を記入することができ、上司は評価を登録することができるシートを作ることができるシステムもあります。
③セキュリティ・コスト・システム提供方式(クラウド、オンプレなど)
3点目はシステムを選ぶ際には必ず検討することが必要な留意点です。特に人材情報を扱いますので、セキュリティについては慎重に評価することが必要です。また、システム提供方式もクラウド等になれば、維持管理などをシステムベンダーが行ってくれるものもあります。
そして、コストも重要な要素です。初期の導入費用だけでなく、ランニングについてもきっちりと評価しましょう。
うまくいかないタレントマネジメント
タレントマネジメントはとりあえず導入すればいいというものでないことはお分かりかと思います。ここで導入に失敗した事例について紹介します。
タレントマネジメント失敗事例
タレントマネジメントシステムを意気込んで導入したものの、データ分析が稚拙なため、十分に活用できていないケースです。
色んなデータを集めているのに成果が出てこないと、データを収集している部署のモチベーションも低下し、形骸化するケースがあります。
こういった背景にはデータ分析の稚拙さもありますが、多くは目的が明確になっていない場合に起こりやすい失敗事例です。
この場合、タレントマネジメントシステムを導入することが目的化しているケースも見られます。
当初は活用目的は少なくても、具体的に、明確に目的を定めて運用しているケースの方が成功しています。
情報の陳腐化もやはり形骸化を促進します。
情報が陳腐化する背景には、データ入力業務が煩雑・複雑であったり、更新する人への意識づけが弱いケースがあります。
取り組みの説明会を行ったり、通常の業務フローをきっちりと分析し、データ登録・更新業務をフローに自然に入り込ませることが重要です。
とりあえず「このデータとこのデータが必要だから、入力してください」では、皆は動きません。
人事制度には会社の人材がどのように育ってほしいのか、どういった方向性に向かってほしいのかといったものが制度として組み込まれています。
その制度の枠組みとあまりにもそれてしまうと、タレントマネジメントもうまく行きません。
まとめ
これからの時代は、ITなどの色々な技術が発展していく中、いかに技術を人が使いこなすのかが重要になってきます。
投資家の指標の一つに、人的資本経営が叫ばれているようになりました。これまでのように部下を上司のフィーリングで評価するのではなく、多くの人が色んな側面でその人を評価し、それを共通のデータとして残すことが必要です。また、色んな情報を集約してクロス分析を行って、人の新たな可能性を見出すなど、ますます高度化した人材管理が求められています。
その一つの答えとしてタレントマネジメントが脚光を浴びています。しかし、タレントマネジメントの導入にあたっては、導入目的の設定や情報を集める業務フローの決定、必要な機能を有したタレントマネジメントシステムの導入など、様々な視点から検討を行う必要があります。
人材を埋もれさせるのはその従業員にとってはもちろん、企業にとっても大きな損失です。自社に適したタレントマネジメントを設計し、企業の成長へとつなげていきましょう。