事業運営をされている方は、コストダウンを行って利益を確保したい、別の案件に投資したいといった思いを持っておられると思います。また、ムダな経費削減は行ったものの、次のコストダウンの一手が見つからないといった方もいらっしゃると思います。
出費が大きな案件を取りやめると、その分大きなコストダウンにつながりますが、他に影響が出ないかも気になるところです。
当記事ではコストダウンの進め方を整理し、中長期的な視点も踏まえ、コストダウンはどうあるべきかを見ていきます。また、効果を出していくコストダウン策として内製化によるコストダウンを事例を交えて解説します。
この記事でわかること
- 内製化でコスト削減する方法
- 内製化によるメリットとデメリット
- 内製化の成功事例
コストダウンの進め方
コストダウンは及ぼす影響と必ずセットでとらえる
コストダウンは利益を上げる手っ取り早い方法です。しかし、費用を引き下げれば見かけの利益は増えますが、削減額以上の影響が出る場合があります。
ある企業では人材育成投資を継続的に引き下げました。当初は利益確保のためにやむなく実施したコストダウン策でした。1年目は投資を引き下げたことによる影響が全く出なかったため、2、3年目も削減を続けました。具体的には社外研修の中止や幹部候補生育成のための数か月のカリキュラムを受講するプログラムの廃止などです。
3年目あたりから、従業員の離職やモチベーションの低下といった影響が出始めました。慌てた人事担当者が離職する若手に理由を聞いたところ、「この企業で成長できるイメージがない」ということでした。最近ではネットの就職先評価で様々な指標がつけられています。そこでも人材育成の項目のスコアが低下し、採用にも影響が出始めました。そして、人材育成に再度力を入れ始めましたが、取り戻すのに3年以上かかったそうです。
このようにコストダウンは思いがけない形で影響を及ぼす可能性があるため、慎重に判断する必要があります。
いいコストダウン、悪いコストダウンVE(バリューエンジニアリング)で考えるコストダウン
どのようにコストダウンを進めていくかを考える際に、参考になるのがVE(バリューエンジニアリング、以下VE)という考え方です。VEでは、製品やサービスのValue(価値)を必要とされるFunction(機能)とCost(費用)の関係でとらえます。必要な機能を最低限の費用で達成することを目指し、仕組み化された取り組みによって価値の向上をはかる手法です。以下の基本式で表されます。
Value(価値) = Function(機能) ÷ Cost(費用)
VEとコストダウンは厳密には異なりますが、価値を損なわない形で費用を引き下げる考え方はコストダウンの理想といえます。VEの考え方を踏まえ、コストダウンを進めるためには下記の2通りの方法があります。
①機能を維持・向上させたまま費用を引き下げる
②一定の機能が低下するがそれ以上に費用を削減する
①のケースは、例えば会議のペーパーレス化です。紙費用は削減されますが、会議のアウトプット自体(価値)には何ら影響を及ぼしません。また、営業車を普通車から維持費の安い軽自動車に切り替えることも、移動するという価値には影響を及ぼしません。
②のケースの場合は、影響をきっちりと評価する必要があります。費用の削減以上に機能が下がってしまう場合にコストダウンの失敗が起こります。前段で例示した人材育成投資のケースなどが当てはまりますが、どの機能にどのコストが効いているのかを明確にすることはかなり難しいものもあります。
本論とは少しそれますが、VEのできた経緯についてご紹介します。VEは1947年に米国の大手総合電機メーカーで生まれました。当時は戦時中のため、工場の床材に用いられていたアスベストが異常に高騰しており、工場担当者のミッションはアスベストをいかに安く調達するかでした。ところが専門業者の「アスベストをなぜ使うか」という質問により視点が変わります。火災の際の延焼を防ぐためという目的に立ち戻り、専門業者から別の入手しやすい、安価な材料を提案してもらい、代替することができました。この出来事をきっかけに、単にコストを下げることを追求するのではなく、本来の目的や働き・機能に注目し、それらを低下させずに原価を安くする改善手法として、VEが広まったと言われています。
コストダウンに”内製化”という選択肢
概ね考えられるコストダウン策は行ったという企業には、内製化の検討をお勧めします。
内製化とは
内製化とは、外部に委託していた業務を内部で行うことです。例えば集計業務を外部に委託していた場合、作業時間に繁閑のある従業員が空いた時間で集計すると、追加コストなしで同じアウトプットを確保することができます。また、1日3万円で委託していた業務をアルバイトを1日雇い、日給1万で実施できれば、VEで言うところのValue(価値)は向上します。
外部委託料の中には委託先利益が含まれていることを考えると、その分は必ずコストダウンにつながるはずです。一方で人材確保・育成の費用や設備の費用など、別途コストがかかってきます。そういった費用も中長期的には回収していくことが可能なケースも多くあります。
内製化のメリット・デメリット
内製化のメリット
内製化の一番のメリットは品質を維持できれば、価値が下がらないことです。また、以下のようなメリットもあります。
①スピードアップ
外部委託では、事前に仕様を固める必要があったり、調整は企業をまたぐため時間がかかります。内製化は内部で完結するため、調整時間が少なくすみ、スピードアップが期待できます。スピードが遅いことは、変化の激しい時代にはボトルネックになります。新製品をホームページに掲載する場合など、他社が先に似たような商品を挙げられてしまうと二番煎じとなってしまいます。
②業務のフィット度合いの向上
システム開発を外部に委託する場合、業界の常識について委託先はわからないため、業界では当然のことも仕様に落とし込まないと抜ける恐れがあります。内製化ではこういった調整は不要となります。
③社内余剰資源の活用
社内の余剰資源を活用できることもメリットです。例えば販売を中止した商品の開発部隊や使っていない設備などを活用できれば、コストを抑えながら内製化することもできます。
内製化のデメリット
・体制・設備の確保が必要
内製化するために人員や設備等を準備する必要があります。必要なスキルが高度であればあるほど、人材採用・育成も困難になります。また、高額設備を必要とする場合などでは、初期投資が重荷になるケースもあります。
特に労働力人口が減少し、採用の難易度が高まっていく中、高度なスキルが必要な業務を内製化することは非常に困難を伴います。
以上のようにメリット、デメリットを踏まえ、どの業務を内製化すればいいかを見極める必要があります。
内製化の追い風
現在、下記の2つの視点からITなどの分野で内製化を進めていく環境が整いつつあります。
1つ目はAI化などで、その分野に従事していた労働者が余剰人材となり、新しい技術を身に着けるリスキリングが注目を浴びていることです。特にIT分野へのリスキリングが進みつつあります。
2つ目はITの民主化です。プログラミングが義務教育に組み込まれるなど、今後働き手には高いITリテラシーが期待できます。また、システム側もローコード、ノーコードなど、プログラミングなどに特殊な知識も不要になりつつあります。
これまではIT周りについては外注化がほとんどでした。海外と比較しても日本のシステムの自社開発比率の低さが目につきます(日本:約2割 ⇔ 米国;約6割)。
システム開発までいかなくとも、ホームページ作成や動画作成など、世間では趣味の範囲で取り組まれることも、企業では外部に委託しているケースがあります。これらは今後内製化の候補となるでしょう。
内製化成功事例
内製化成功事例をご紹介し、内製化を成功に導くポイントについて整理します。
・事例①ベイクルーズ
主にファッションブランドを展開している企業です。通常ネット販売などを行う場合、AmazonなどのECモールで出店するケースが多い中、自社のECモールを立ち上げ、運営しています。その中でどういった顧客がアクセスしているのかなども分析しながら、自社内で改善をすすめています。リアル店舗を持つ強みも活かし、オムニチャンネル戦略で5年でECの売上を10倍に伸ばしています。ECモールを自社の強みとするため、技術者を採用し、自社でスピーディな開発を可能にしています。
「ネット専業」と戦う。5年で自社EC売上が10倍に!ベイクルーズのオムニチャネル戦略
・事例②ZOZOTOWN
創業者の前澤友作氏の名前はお聞きになったことがあるかと思います。ファッションのECモールを展開しています。ネット通販のコアである、顧客接点(ECモールサイト)やCRMなどを内製化し、強化しています。また、物流についてもコア業務と位置づけ、自社で内製化し、成功を収めています。
ECサイト「ゾゾタウン」、ひとり勝ちの秘密 | エグゼクティブキャリア総研 (ex-career.org)
・事例③旅館比与志
スマホゲーム好きの2代目主人がSNSを利用し、旅館や地域をPRして成功を収めた事例です。非常に魅力的な旅館を運営されていますが、消費者に伝わらなければ集客することができません。そこでInstagramを活用し、フォロワーの増加に合わせてきめ細かく提案内容を変更してPRに成功しました。タイムリーに変更が行えるのも自社内で行っている強みです。
7部屋しかない小さな旅館が、秩父を盛り上げる|旅館比与志 代表 前川拓也さん
・事例④金杉建設株式会社
上下水道や道路工事などの公共工事をメインに行う建設会社です。異業種交流会で積極的な設備投資を行う経営者の話に感化され、ICT施工(情報通信技術を利用し効率化・高精度化を実現する施工方法)の物件を受注したことを契機に、外注せずに内製化の道を選びました。その後、ICT施工の工事量が増加してきましたが、一歩先に進めたことが企業の強みになり、先駆者としての地位を確立できました。
・内製化をより効果的に進めていくために
・内製化成功事例に共通すること
内製化成功企業4社の事例では、自社の強みにつながる機能を内製化し、強化している点が共通しています。
・内製化の進め方
内製化によるコストダウン成功のポイントは企業価値を上げる部分を取り込めるかどうかによります。そのため、ある程度の見極めが必要となります。
しかし、BtoCの小売業であれば集客機能や顧客の購買データを活用したCRMといった機能、製造業であれば生産ラインのデータ収集による効率化の取り組みなどは確実に価値を生み出す機能であり、強みにつながる可能性が高い分野です。特に小売業における集客用のWEB戦略などは、IT民主化の流れも踏まえると、自社内で取り込んでいくことが可能かつ有効な部分と考えられます。とはいうものの、内製化当初はやはりある程度のノウハウが必要となります。伴走支援を受けながらノウハウをためていき、確実な内製化を狙うことが効果的だと考えられます。
その機能がコアなのか、ノンコアなのかをきっちりと見極めることが、内製化のコストダウンを成功させるかどうかにつながっていきます。