現在、大手企業を中心に、企業の社会的責任(CSR)を果たす取り組みが広がっています。
CSRとはどのような活動なのでしょうか。ESG、SDGsとどのような点で異なるのでしょうか。
また、CSRの取り組みを進めることにより、企業にどのようなメリットやリターンが期待できるのか解説します。
企業の社会的責任(CSR)とは
CSRは、Corporate Social Responsibilityの略称で、企業の社会的責任を意味します。近年、世界的に当然視されるようになった企業の責任です。
従来、企業は自社の利益を追求することを優先するあまり、コンプライアンス(法令遵守)、倫理、人権を軽視してしまうことがありました。その結果、商品やサービスに関する消費者との間の深刻なトラブル、データの不正や偽装、顧客情報の漏洩といった問題が生じることがありました。
こうした問題を受けて、人々が企業のサービスや商品を選んだり、企業との取引、就職活動をする際には、企業が社会的責任をどの程度果たしているのかを重視するようになりました。
具体的には、企業は企業活動において以下の行動が求められます。
- 社会的公正や環境などへの配慮を組み込む
- 従業員、投資家、地域社会などの利害関係者に対して責任ある行動をとる
- 説明責任を果たす
企業の社会的責任(CSR)の歴史
企業が社会的責任を果たすべきだという機運の高まりを受けて、2010年(平成22年)11月に、企業だけではなく、あらゆる組織の社会的責任(SR)に関する国際規格ISO26000が発行されました。2012年(平成24年)3月には、このJIS版であるJIS Z26000が制定されました。
また時を同じくして、国連の人権理事会でも、「ビジネスと人権に関する指導原則」が支持されています。
ビジネスと人権に関する指導原則とは、国、規模、業種、所在地などを問わず、企業には法令の遵守と人権を尊重する義務が求められ、侵害・違反がなされた場合に、適切かつ実効的な救済を行う義務があるという内容です。
こうした動きを受けて政府も、2020年(令和2年)に、「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を策定しています。
企業の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上を進めると共に、サプライチェーンに人権尊重を促進する仕組みを取り入れること、救済メカニズムの整備及び改善を促す仕組みです。
国際規格ISO26000とは
国際規格ISO26000は、企業だけでなく、あらゆる組織を対象とする規格です。持続可能な社会づくりのためには、企業以外の組織にも社会的責任が求められるとの考え方に基づきます。
また、環境マネジメントの規格であるISO14001のような第三者認証の規格ではなく、第三者認証を必要としない手引書として開発されている点も大きな特徴です。
組織が社会的責任を実現するための推奨事項を手引書(ガイダンス文書)としてまとめて提供する形を取っています。
国際規格ISO26000には、CSRに関する7つの原則が定められています。
①説明責任
組織の活動が社会に対して与える影響につき、十分な説明を行う必要がある。
②透明性
組織内の意思決定や具体的な活動につき、社会に対して透明性を保つ必要がある。
③倫理的な行動
組織の活動は、公平・誠実などの倫理観に基づいて行う必要がある。
④ステークホルダーの利害の尊重
組織の様々な利害関係者(ステークホルダー)に配慮して企業活動を行う必要がある。
⑤法の支配の尊重
自国の法令はもちろん、組織に適用される他国の法令を遵守する必要がある。
⑥国際行動規範の尊重
法令だけでなく、国際的に通用している規範を尊重する必要がある。
⑦人権の尊重
重要かつ普遍的である人権を尊重する必要がある。
企業の社会的責任(CSR)とESGの違い
ESGとは、Environment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス(企業統治)の頭文字を組み合わせた用語です。
環境・社会・ガバナンス(企業統治)に考慮した企業活動や投資を行うことを意味します。
近年では、投資家が投資先を選定する際に、その企業の環境・社会・ガバナンス(企業統治)の取り組み状況を吟味することが増えています。
ESGに取り組んでいる企業はリスクが少なく、成長も見込めるとの判断によります。
つまり、企業がESGを意識した経営を行うことにより成長が見込める上に、投資先として選ばれやすいということです。ESGへの取り組みにより、より多くの利益を得ることを目指すわけです。
一方、企業の社会的責任(CSR)とは、企業が得た利益を社会貢献活動や環境保護活動に回すことで還元する意味合いがあります。還元することによる直接の見返りは少なくても、取り組みを行っていること自体が企業の評価を高めることにつながるわけです。
企業の社会的責任(CSR)とSDGsの違い
SDGsとは「Sustainable Development Goals」の略称で、持続可能でよりよい世界を目指すための国際目標のことです。
2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で提唱され、17のゴールと169のターゲットから構成されています。
CSRとSDGsは、目指す方向性がほぼ同じです。
そのため、企業がSDGsに貢献する取り組みを行うことで、企業の社会的責任(CSR)を果たしていることになるケースも多いです。
CSRは個々の企業の取り組み、SDGsは国際的な目標である点が異なります。
企業の社会的責任(CSR)を果たすことのメリット
企業の社会的責任(CSR)は、企業が本来の業務とは別に取り組みを行うことが求められるもので、その取り組み自体は、直接、売上や業績向上につながるわけではありません。
それでも、企業の社会的責任(CSR)を果たすことにはどのようなメリットがあるのでしょうか。
- 企業の信頼性が高まり業績が向上する
- 人材が集まりやすくなる
- 法令違反のリスクが少なくなる
企業の信頼性が高まり業績が向上する
企業の社会的責任(CSR)を積極的に果たす企業は、対外的な信用度が高まるため、他の企業と取引がしやすくなったり、消費者から選ばれやすくなり、業績が向上しやすくなります。
企業の体制が信頼できるものであったり、取り扱う商品やサービスが安心安全なものである可能性が高いためです。
人材が集まりやすくなる
企業の社会的責任(CSR)を積極的に果たす企業は、求職者からも選ばれやすくなります。労働者の労働環境の改善、待遇や福利厚生の向上に取り組んでいるためです。
その結果、人材採用がやりやすくなりますし、採用した人材が定着しやすくなるため、結果として、人材採用のコストも下がる可能性があります。
法令違反のリスクが少なくなる
企業の社会的責任(CSR)を積極的に果たす企業は、コンプライアンス・チェックも徹底して行っていることになります。
企業活動において法令に違反する可能性が低くなりますし、仮に法令に抵触する事態になっても、早期に原因を発見して是正できるようになります。
コンプライアンスを徹底することで、法令違反によるペナルティを受けることを防いだり、企業の社会的評価が下落してしまうことを防ぐことができます。
企業の社会的責任(CSR)を果たすことのデメリット
企業の社会的責任(CSR)の取り組みを進めることは、企業にデメリットやリスクをもたらすことがあります。そのため、企業の規模や業績に応じて取り組みの程度を調整する必要があります。
- コストが増加する
- 業務効率が低下する可能性がある
- 人手が足りなくなる恐れがある
コストが増加する
企業の社会的責任(CSR)を果たすためにはコストがかかります。
しかし、企業の社会的責任(CSR)の取り組みそのものは生産性向上や売上の増加につながるものではないため、コストをかけても短期的な効果を感じにくい点がデメリットです。
業務効率が低下する可能性がある
企業の社会的責任(CSR)の取り組みは、企業が売上や業績向上だけを追い求めるのではなく、社会的責任を果たすことを求める活動のため、企業の業務効率を犠牲にする面があります。
そのため、企業の社会的責任(CSR)の取り組みを進めた結果、業務効率が低下する可能性もあります。
それでも、企業の信頼性が向上したり、人材が集まりやすくなるなど他の面でプラスになることがありますが、その効果を実感するには長い時間がかかることがデメリットです。
人手が足りなくなる恐れがある
企業の社会的責任(CSR)の取り組みにより、日々の業務の手間が手間が増えたり、そのために人材を割かなければならないこともあります。
この場合、企業の本来の業務に必要な人材が足りなくなるなどして、人手不足に陥る可能性があります。
もちろん、企業の社会的責任(CSR)の取り組みを深化させれば、人材が集まりやすくなりますが、その効果が表れるまでは時間がかかります。
企業の社会的責任(CSR)を果たすために取り組むべきこと
企業の社会的責任(CSR)を果たすために取り組むべき具体的な内容は、組織統治、人権擁護、労働環境、環境問題、公正な取引、消費者問題、コミュニティへの貢献などです。それぞれ解説します。
組織統治の取り組み
企業が組織統治の取り組みとして行うべきことは、ガバナンスやコンプライアンスの確保です。
具体的には、企業の有効な意思決定の仕組みを整備し、法令を遵守して企業活動を行える体制を整えます。
社外取締役や監査役を選任し、企業の業務をチェックできる体制を整えることや、弁護士、公認会計士といった社外の専門家と連携することも有効です。
人権擁護の取り組み
人権擁護の取り組みは、企業の社会的責任(CSR)の要となります。
企業側が従業員の採用や昇進に際して、差別を行わないことはもちろんですが、従業員一人ひとりの人権意識を高めることも重要です。
具体的には、全従業員を対象に人権教育を行うことで、職場内での人権擁護の意識を高めたり、社外との接触においても人権擁護を意識した交渉を行うよう促します。
労働環境の見直し
労働者が働きやすい職場環境を整備するものです。
具体的な取り組みとしては、長時間労働の是正、ハラスメントの撲滅、労働安全衛生の整備などが挙げられます。また、ワークライフバランスの推進や適切な職業訓練を実施することも重要です。
現在多くの業界で求められている「働き方改革」への対応は、労働環境の見直しに直結する取り組みです。
環境問題への取り組み
環境問題を意識して事業活動を行うことです。
どのような業種でも、企業は事業活動に際して、エネルギーや資源を消費しているため、省エネ、省資源化を進めることが重要になります。
例えば、CO2削減のために、LED照明や再生可能エネルギーを導入するといった取り組みが代表例です。
公正な取引への取り組み
企業は他社との関わりの中で事業を行っています。他社と公正な取引を行うことも、企業の社会的責任(CSR)を果たすための重要なポイントになります。
具体的には、独占禁止法、下請法を遵守し、公正な取引を妨げる行為を行わないようにしなければなりません。
そのためには、公正取引委員会や関連する機関が主催する各種セミナーを活用し、従業員のコンプライアンス意識を高めると共に、実際の取引の場面でも意識できるようにすることが大切です。
消費者問題への取り組み
自社の商品やサービスにより消費者が損害を被ることを防いだり、消費者が自社の商品やサービスを利用して環境破壊活動を行うことを防ぐことも企業の社会的責任(CSR)を果たすために大切なことです。
消費者に欠陥のある商品を提供しないことやエコ製品を提供することはもちろんですが、消費者に向けて商品やサービスに関する情報を積極的に公開するとともに、消費者とのコミュニケーションを強化する必要があります。
コミュニティへの貢献
企業が属するコミュニティへの貢献も、企業の社会的責任(CSR)を果たすために大切なことです。
具体的には、企業が立地する地域で積極的にボランティア活動に参加したり、地域の住民に向けて、企業の特性を生かした教育活動を行うことです。
また、地域の人々を積極的に雇用することによる雇用創出も重要です。
企業の社会的責任(CSR)の取り組みの具体例
企業の社会的責任(CSR)に取り組んでいる企業の具体例を紹介します。
トヨタ自動車株式会社
トヨタ自動車は、グループ全体で企業の社会的責任(CSR)の取り組みを行っています。
ありたい姿として、「幸せの量産」に向けて、ステークホルダーと一緒にSDGs実現に貢献することを掲げ、様々な活動を行っています。その一例をあげると次のとおりです。
- 愛知県豊田市にトヨタの森を整備して、自然環境を守ると共に生物多様性や共生社会を感じられるプログラムを実施。
- 「モノづくりは人づくりから」をキーワードに小学生向け科学工作教室「科学のびっくり箱!なぜなにレクチャー」を実施。
- 「TDRS」(Toyota Disaster Recovery Support : トヨタ災害復旧支援)を立ち上げて被災地への車両貸し出しなどを実施。
- 交通事故死傷者ゼロ社会の実現を目標に、子どもの交通安全教育、ドライバーと歩行者の意識向上を図る独自の安全運転プログラムなどを実施。
- 障害のある方が外出時にバリアフリートイレに困らないよう、移動型バリアフリートイレを開発し、イベントやスポーツ観戦の場に提供。
トヨタのような大企業だからこそできる取り組みも多いですが、中小企業でも取り組めることもありますので、ぜひ参考にしてください。
参考:トヨタの社会貢献活動例
JT(日本たばこ産業株式会社)
JT(日本たばこ産業株式会社)は、日本専売公社の事業を引き継ぐ形で1985年に設立された会社です。日本ではたばこの規制が厳しくなる中で、JTも喫煙者に対するマナー啓発、喫煙場所の整備などの取り組みを行っています。
たばこを吸う人と吸わない人の共存に向けた取り組みでは、「あなたが気づけばマナーは変わる。」と題したマナー広告を展開しています。様々な場所で目にすることがあるのではないでしょうか。
また、加熱式たばこに代表される、たばこ葉を燃焼させない製品を開発することにより、たばこを吸う人と吸わない人が共存できる社会の実現に貢献しています。
その他、リスク低減製品(RRP)の開発、たばこ製品の不法取引防止に向けた取り組み、持続可能な葉たばこ農業への取り組みなども行っています。
たばこは、吸わない人からは迷惑なものでしかありませんが、販売者が企業の社会的責任(CSR)の一環としてマナーの啓発を行っている点は特筆すべきでしょう。
企業の社会的責任(CSR)の取り組みを進める際のポイント
企業の社会的責任(CSR)を果たすために、何を行うべきかは個々の企業ごとに異なりますし、取り組みを行える範囲も企業の規模により異なります。
自社が行うべきことを選別し、無理のない範囲で行うことが大切です。
企業の社会的責任(CSR)の取り組みを進める際のポイントを紹介します。
- 自社が取り組むべき企業の社会的責任(CSR)を見極める
- 企業の社会的責任(CSR)への取り組みによるのコスト・リターンを分析する
- 企業の社会的責任(CSR)の専門部署を設ける
自社が取り組むべき企業の社会的責任(CSR)を見極める
企業の業種や規模により、取り組むべき企業の社会的責任(CSR)の範囲は異なります。
まず、社会が求めるニーズを見極めることが大切です。ニーズに沿わない活動はいくらやっても、意味がありませんし、評価されません。
また、自社のできる範囲で行うことも大切です。社会的責任(CSR)に取り組むあまり、本業の利益が激減してしまうのでは本末転倒です。
企業の社会的責任(CSR)への取り組みによるのコスト・リターンを分析する
企業の社会的責任(CSR)は、完全な慈善事業として行うのではなく、巡り巡って、自社の利益(リターン)になることを目指すものです。
例えば、自社の敷地周辺のゴミ拾いを行うにしても、ゴミ拾い自体は、会社に何の利益ももたらしませんが、その取り組みが評価されて、取引先が増えたり、採用活動がやりやすくなるといった形の利益(リターン)が生じる可能性があります。
コストをかけずに、取引先が増えれば十分な見返りがあったと言えるでしょう。
一方、自社の商品を無償で分配する場合などは、多額のコストがかかりますから、それによってどの程度の利益(リターン)が見込めるのかを念入りに分析することが大切です。
企業の社会的責任(CSR)の専門部署を設ける
企業の社会的責任(CSR)として、取り組む内容が本格的な規模になる場合は、本業の合間に取り組むことは難しくなります。
そのため、企業の社会的責任(CSR)の専門部署を設けて、コスト・リターンを分析しながら、より効果的な活動を行うことが理想と言えます。
自社内に専門部署を設けることが難しい場合は、外部の専門家と提携して、取り組みの一部を担ってもらうことも検討しましょう。
まとめ
企業の社会的責任(CSR)は、企業の規模に合わせて、それぞれの企業で果たすことが求められています。
ただ、完全な慈善事業ではないため、コスト・リターンを意識した取り組みを行うことが大切です。
具体的に、自社が、どのようなCSR活動を行えばよいのか迷うことも多いと思いますが、先進的な取り組みを行っている企業の例を参考にしながら、自社が果たすべきCSR活動を見つけてください。